「座談会 : 建設業の新分野進出 事例ヒアリング調査終了によせて」
     

  司会(伊藤): 今日は,事例ヒアリング調査に御協力いただいた皆様にお集まりいただきました.皆様の御報告はすでに17号に掲載しましたが,17名の会員の方々が同じテーマで活動しながら,一度も全員の顔合わせがないと言うのもどうかと言うわけで,成功裡に終わったサーツの活動の締めくくりと今後の課題というよう様なことも含め,話し合っていただこうと思います.今日は先日の調査行の実情や,文章に書きにくかったような実感などもお話願いたいと思います.では,この受託業務の主査を勤められた太田さんからお願いいたします.
  太田: この調査のそもそもは昨年度の都中建の経営革新セミナーで提案された建設業の課題に基づくもので,そのころすでに米田さんが手がけておられた,新分野への進出を図っている建設業者の調査の継続と言えるものです.国土交通省は建設業振興基金を通じて事例収集の調査を行うことになり,サーツも他の4社と共に調査業務を受託する事になりました.その報告書はサーツで行った調査として52件の訪問調査例を纏めたもので,それぞれの写真も含む立派なものになりました.基金側もここまでやってくれるとは思っていなかったのではないでしょうか.皆さんの御協力のお陰でサーツの層の厚さが遺憾なく発揮されたと思います.そのような認識の上で,個々の調査のお話をしていただきたいと思います.
  最上: 伊藤さんからレポートに書けなかったような実感をといわれましたけれど,前号の報告では簡単ながら,実感をそのまま書いてしまいました.繰り返すようになりますが,私の感じた事をふたつあげました.ひとつは,訪問先がすでに米田さんが調査された会社の再訪であった事もあるのでしょうが,地方の人は非常に元気であり,例えば,バイオを使ったごみ処理設備を開発したが,まだ実績は上がらないという問題はあるものの,経営者としては生きがいを感じて取り組んでいるというような,非常に前向きな話しっぷりで,逆に圧倒され,元気をもらったような気がしたのはうれしい誤算とも言えました.もう一つは縦割り行政への不満と言うのが共通してあったように思います.行政における壁があって,自分たちではどうにもできないので何とかしてくれ,と言うような.こういう実感を聞いていると,今度の調査が何らかの役に立つとは思うものの,こんな調査などしてくれなくても,やることはやっているよと言うような本音が聞こえてきて,取り敢えず,調査を終えフォーマットに従って提出したものの,行政のやっていることと現実のずれと言うものを感じて帰ってきました.
  米田: 何が一番,縦割り行政の弊害といわれるものでしたか?
  最上: 産業構造の縦割りと言うこともあるけれど,具体的に言うと,(前述の)大型ディスポーザー開発の問題で,現在はホテル,レストランも厨芥を一般ごみとしてただ同然で出している.これらの処理には行政に負荷のかかっていることなので,発生元でごみを小さくできれば環境にも良いということで,処理設備を開発したのだけれど,ごみを出す方でこれを設置すれば費用がかかるが,これには補助がない.一般ごみとして出していれば費用がかからないので,わざわざお金を出して設備を買う事はしないので売れないという.行政側のごみ処理費用が軽減される分を設置するほうに補助すれば全体としてうまくゆくのではないかというようなことです.また,地方で福祉施設,介護施設が必要と言う場合に,一方で,学校は空いている,公民館も空いているのに文部省,厚生省とか管轄の違いでさわれないというような例もありました.
  野嶋: 私は四国,大阪を回りました.最上さんと似た感じですけれど,ちょっと違った感じを持ちました.経営者は非常にさめている.行政の壁はあるけれど,自分が言っても変わるものではないが,自分の会社は生き残らねばならない.簡単ではないが,必死になってやっている.成功している例をあまりメディアに言って欲しくない,そんな例は少ないので夢を煽るようなことはして欲しくない,とも言われました.経営者としていかに地方を活性化するか,漁業,林業に出てゆくかの意欲も聞き,行政や他の人はあてにならない.自分でやらねばならぬと言う意見で,私はずっと大手にいたので,サラリーマンとは違う考えに,大いに勉強になりました.一言で言うと,クールで燃えている感じというのでしょうか.地方の中小企業の方と話していて感じることは,サブコンの立場を見極めて慎重に仕事をしているのが分かり,やはり大手にいた感覚と異なることを実感しました.階層構造になっている建設業の壁ということでしょうか.また,技術的なノウハウに関する情報量が大いに異なるのも気の毒に思いました.
  三田: 昨年,暮れに調査のお誘いを受け,残っているところは北海道だった.住所を地図で調べても家の形もないところで,どうするのかなぁと思っていたら,そこは郵送で済ませるということになってほっとしていましたら,片山さんが,一緒にと言うことで,岐阜県と愛知県に行って来ました.
  米田: どこの会社ですか?
  三田: 山辰組と矢作道路です.それぞれ新分野としては環境関係ですね.山辰組の社長の話にはまったく感激しました.私は長年,住宅の商品開発の仕事をしていて,いかに一軒でも多く売れるか,いかに利益を上げるかと考えていたわけですが,山辰組の社長さんは工務店として何の利益にならないことを,自分の気持ちだけでこつこつやっていたんですね.何をやっていたかというと魚道を作ろうとしていた.その工務店は少し大きな川のほとりにあって,社長はそこで育ったんですが,今は魚の住めない川になってしまった.たまたま,隣町がさざれ石の発祥の土地で,聞けば,さざれ石と言うのはどこにでもあるんですね. 
  三田: もうなくなってしまったさざれ石を人工的に作って魚を呼び戻そうというわけです.それだけでなく,大学に入って流体の研究もし,魚道を作って,魚が戻ってきた.これらは本来,行政の仕事なんだけれど,社長の心意気だけでやってきた.それが陽の目を見て,新たに行政から発注を受けたというわけです.それを聞いてつくづく良かったなぁと思いました.今回はサーツの調査で訪問したのでしたが,何か手助けしたいと思ったほどです.
  鶴田: 私は柳川さんと山陽,山陰と長野県で合計4箇所を回りましたが,長野県佐久と倉敷,島根県石見市の3箇所についてお話します.お三方と共通するところがあるのですが元気なところほどすごく元気,ゼネコンOBとしては建設業が衰退してゆく姿を見届けに行くと言うような,身につまされる話かなと思っていました.私は材料メーカーにも席を置き,建設業の裏側も見た思いもしていましたが,それとも違った,更に生活に密着している事情を知り,今後のものの判断にもかなり大きく影響があるような貴重な経験をさせていただきました.
倉敷の会社は舗装工事の会社ですが,工事のときに車線を分離するコーンを作っている,謂わば,本業の範囲での部品の製作と言うわけで,転進というほどでもありません.社長もあまり意欲的ではなかった.行政に対しても何か云っていましたが,不満を言う人は負けているんですね.それから島根県の今井産業は,地方のゼネコンとしては大手とも言うべきで,御自慢の美術館も持っている会社です.行政に頼らないでやってゆくという姿勢で,村おこしのために,地場の産業を活性化させるよう、逆に行政をうまく取り込んでいた. 例として,JR西日本の川戸という無人駅舎を借りて,ケーブルテレビを立ち上げようとしていた.駅の業務は一切やらない.電車は一日4本,バスも上下合わせて3本と言うわけで交通の手段に乏しい.車を運転できなくなると年寄りは病院にもいけない,と思って聞くと,もっと大きな町の駅の近くにワンルームマンションを建てようという発想です.長野県蓼科町の三矢工業は土地になじみがあったので志願して行きました.ここはマツタケの産地だったのが,今は荒れている.そこで山に手入れで出る間伐材をチップにして炭化,その熱で温室栽培といわゆる循環型の産業を育てていました.
  米田: 大雪で大変だったのでしょう?
  鶴田: 倉敷では10年に一度と言う寒さと大雪で,列車が大混乱.夜中11時過ぎにやっと着くと言う始末で食事もとれず,大変でした.(御自身,鉄道マニアを自負するだけあって,鉄道の混乱に関する面白い話がありましたが,残念ながら省略)後を柳川さんにお願いします.
  柳川: 私は鶴田さんと御一緒したほかに,北海道3社を訪ねました.以前にサブコンの指導をしていたこともあり,トップの考え方,姿勢はどうか,下のほうはどのように対応しているかを知るという方針で聞きましたが,それぞれ,それなりの方針を持っていて,企業を引っ張っているのでかなりやっているとは思うものの,その努力が経営に貢献しているかというと,そこまで行かない.中小企業の悩みと言うか,人がいないということなんでしょうか.行政のサポートをもらっているが,その補助金が貢献しているかというと,かえって足を引っ張っているようなところもある.出すほうの考えがはっきりしないという事があるのでしょう.スタートしたものの,それからの展開に苦労している.訪ねた松原組は社長が全部自分でなにもかもやっているようで,アイデア商品を売っているのですが, その地域ではなんとかやっているが,販路が狭いので,営業上苦労をしている.菅原組というのは 海のブロックの掃除を,補助金を貰ってやっているのですが,会社を上げてやっているので,狭い範囲ではうまくいっているので,拡大したいがどうすればよいかに苦慮している.加藤組土建は介護サービスの方に手を広げているが,社長が方針をだすだけで実際は下のものがやっている.下のもの次第というわけです.島根の会社はワインの開発などを補助金を貰ってやっているのですが,農林省の指導もなく,まったく自分たちだけでやっている.共通していえることは,いかに本音でやっているかが問題で,更に,何らかのサポートが必要ということでしょうか.また,これから伸びるかどうかは,地域を取り込む力があるかどうかだと思います.でも,やはり,情報を集める力が弱いことが弱点と思いました.  
  米田: トップと周りの姿勢の差という指摘が面白いと思いましたが,行政の問題点と言うのはどういうところでしょうか?
  柳川: 行政というのは大体,大企業をメインにしているようなところがあって,役人の地方の中小企業に対する不勉強のようにも感じました.
  今津: 役人の処し方としてやむをえない,ということで,むしろよく勉強した結果と言うことではないんですか?
  吉田: 訪問した感想は皆さんとあまり変わらないと思うけれど,中小企業の社長さんを誤解していたところがあって,地方の社長さんは非常に忙しく働いているのを知って恥ずかしい思いをしました.2泊3日で4社を訪ねるのに,こちらの予定通り予定が組めるかと思ったら,豈,図らんや,時間調整が大変だった.訪問したところは,財務体質がしっかりしている会社ばかりで,社長の道楽のような,余力を持って新規事業の発想をしており,気持ちの余裕があった.今夜の飯をどうしようかと言う状況ではとても思いつかない事業展開と感じました.しかし,身につまされる苦労話もたくさん聞き,大手の下請けにはない考え方に大変勉強になりました.皆さんと同じように豪雪で列車の混乱に出会ったけれど,すぐにタクシーに切り替え,無事,到着できました.
  米田: 当日,福島から電話があって,「豪雪ですが,本当にいらっしゃるのですか?」と言う電話があり,たどり着けないのではないかと,みんなで心配していたんですよ.
  泉 : 札幌2社,北広島1社を堀井さんと御一緒しました.エルム建設の独身寮を利用した高齢者住宅の訪問では,人っ子一人いないアイスバーンをゆく大変な雪中行軍でした.施設はひっそりとしていて,聞けば,社長夫人が何もかもやっているという話,子会社として経営しているが状況は苦しく,訪問直後,本社が倒産したと聞き,現実は厳しいものだと感じました. 他の2社は光触媒を利用した塗布技術の開発をしている会社と有機廃棄物処理施設の販売,保守を始める会社で,いずれもこれから業務展開が始まるところで,先程,柳川さんが言われた,「これからの課題を抱えている」ように思いました.
  今津: 私の訪問先はどちらかと言えば過疎地で,客がいないのでタクシーがいないという所で,行くのに苦労したとともに,地方経済の低下を身にしみて感じました.その会社は間伐材を利用した木質舗装の開発に成功して,県の担当課に働きかけたが,採用の意志がない.林業振興を掲げる知事の考えは窓口には伝わっていないのですね.と言うわけで,事業化に成功したとは,まだ,いえないのですが,話を聞いていて,新規事業には発明マインドを持つことが必要だなと強く感じました.サーツでも何か発明をしましょうよ.
  向野: 私は3社訪問しましたが,同じように今まで無縁だった業者の方々と会って大変勉強になりました.感心したのは造園業の会社がダチョウの飼育に取り組んでいる例でした.飼育ノウハウについては誰も教えてくれず,アメリカまで出かけていって自分で研究したそうです.農水省などの補助はないのですが,雑食動物で何でも食べるので,食品工場で出る廃棄食品などを貰ってくるとか工夫しながら,すべて自前でやっているそうです.本業とどういう関係があるのですかと聞いてみたら,空いた土地があることと,社員が木柵を作ったことなど、直用の社員の空いた時間を活用していました.他は新分野とはいえませんが,外壁の塗装改修に特化して事業を伸ばしている会社も訪問しました.ユニフォームをそろえ,礼儀正しく,まじめにやるということでよい客をつかむことに成功しているようです.排水管リニューアルの会社にも行きましたが,いずれも社長さんの熱意,意欲がすごかった.反面,地方の中小企業という限界もあって,技術面で,手伝ってあげられればもっとうまく行くということも感じました.
  太田: 福祉に転進する会社を見てきましたが,社長の創意や意欲,なぜやるのかという社内の説得が難しく,時間がかかると言っていましたね.また,府や県の建設業指名指名を返上してまで,介護住宅改修から訪問看護のほうに拡大した会社の社長さんは,「して差し上げる」と言う精神でこの事業をやっていると言っていました.
  阿部: 私は昔馴染みのところに行ってきました.住宅のビルダーが女性だけのリフォーム会社を作って,成功しているようでした.提案型のリフォームを事業化して受注を倍増させており,アトリエ的な雰囲気と,女性的な発想で話を進めているのがうまく言っている秘密だろうと感じました.

座談会後記: (伊藤誠三)多人数なので時間切れのようになった.当初,それぞれの具体例を通じて,新しい方向付けのようなものを見つけたいと思っていたのだが,それは「新分野進出研究会」の今後の活動に任せることになった.また,今回の多くの会員の共同で作成された報告書を例として,今後のサーツの活動の可能性も話し合いたかったのだが.