「特集:民事調停員を勤めて」
数年前から,当協会には建築関係の訴訟の調停員を勤めて居られるかたがたが居られる.裁判所からの要請によるものだが,裁判官の法的判断の基礎となる専門技術的な事情の理解をサポートする業務のようである.現実にはむつかしいことが多く,調停業務もなかなかままならぬようであるが,いよいよ訴訟社会になりつつある現状の理解の為に,ここ数年のご経験の感想を述べていただきました.

建築調停とISO---笠原秀樹

 裁判所は人と人の争いを解決する所で、解決には訴訟と調停の二つの方法があり、私たちが調停委員として携わっている民事(建築)調停は、民事調停法に基づいています。

 調停は小さな部屋にテーブルを囲んで裁判官と専門知識を持った調停委員(弁護士、建築士等)、当事者(多くは代理人)が座り、紛争を話し合いで短期間に解決するものです。  建築調停にかかわり6年になりますが、多様な事件におよそ共通することがあります。それは、争点を立証する文書等の不備です。

 例えば、請負契約書、注文書に対する請書、元請下請け間の合意書、設計変更・追加変更時の指示書とそれに伴う費用負担等の文書、施工時の記録(実施工程表、作業指示書、工事写真、打合せ議事録、各種検査記録等)などです。

 型枠精度の不良による工事費精算の訴えでは、ゼネコンに型枠検査記録が、躯体の施工不良ではコンクリート強度試験結果等がありません。また工事写真に、工事名、撮影年月日、寸法や場所を特定出来るものを写し込んでいません。

 平成5年度の建設業許可業者563,000の内、資本金10億円以上は約1,600、1億円以上10億円未満が約4,800、5千万円以上1億円以下約10,000で、合わせると約16,400(全体の3%)になります。

 最近の建設業ISO認証取得状況は、累計で品質が16,580件、環境が1,892件で、特に中小規模業者の取得が多く、数字上からは主要な建設会社は認証取得済みということになります。(05年建設業ハンドブック)

 ISOはマネージメントシステムであり、認証取得により顧客の信用、社内の意識改革、生産性向上、コストダウン、文書化による標準化、記録による客観的証明等の利点があるといわれます。

 建設業はある時期、ISOを工事受注の目的で競って取得しましたが、現場の負担ばかりが増えました。

 ISO認証取得会社で契約書類や鉄筋や型枠、コンクリートの検査記録等の不備は考えられないことですが・・・。

 建前だけのISOが裁判の場になって馬脚を現したのです。 調停委員を経験して 向野元昭  2002年8月15日付の当時の日本建築学会仙田満会長より司法支援建築会議会員の委嘱状をもらい、その年末に地裁で面接試験のようなものを受けて横浜地方裁判所の民事調停委員になりました。2004年4月からは、専門委員の辞令を同様に最高裁判所からもらいました。03年9月に第1回案件を実施以来今までに11件終了、うち9件が調停成立、2件は不調で裁判に差し戻されました。以下、調停成立したものについても経験を述べます。

* 対象建物と紛争の内容  木造戸建6件、プラント設備、ビル空調設備、マンション設備各1件です。

 木造戸建の係争は、クライアントが施工者に対し瑕疵の賠償請求をしたもの3件、反対に施主が瑕疵を理由に工事代金の残金支払いを拒み、請負者が支払請求しているもの2件、ディベロッパーが工事の瑕疵の賠償を下請けの工事施工者に請求しているもの1件です。プラント設備、ビル空調設備は、いずれも元請が追加工事代金を支払わないとして下請けが訴えたものです。マンションについては、埋設管の漏水の復旧工事費を、管理組合が売主に請求したものです。当方の専門分野は「建築設備」と登録してありますが、依頼してくる裁判所のほうはこちらが意識するほどは、あまり気にしていないようです。

*木造戸建建築の施工レベル

 担当した6件はいずれも、いわゆる工務店施工のもので全てにかなりの瑕疵が認められました。だだし、うち1件は、施主のほうがしたたかで、1部の瑕疵を理由に多額の残金を支払わないケースでした。全般的には、やはり工事レベルが低く住宅の品質確保の必要性を感じます。リニューアル工事では、電気や給排水設備工事に資格のない人が、基本を無視して施工しているのには驚きました。

* 調停にかかった期間と回数

 最短のもの:1月半、5回 最長のもの:1年9ヶ月、15回 平均1件当たり約9ヶ月、約8回です。

* 建築専門の調停委員の役割

 最も主要な作業は、瑕疵の有無とその程度の判断だと思います。住宅などは瑕疵が比較的わかり易く、説明すると納得して調停成立し易い。しかし、ビル物で追加工事代金請求などは、追加工事の範囲など特定しにくく、争点を絞るのに苦労します。

*請負契約の不備

 これはしばしば指摘されていることですが、元請と下請けの会社間の契約が不明確で、追加変更工事ともなると工期も迫り、図面もなしに工事が先行します。景気の好い時はそれでも良かったのでしょうが、現状は元請にも余裕がなく次の工事で〜という訳にも行かず紛争になります。金額も大きく関連書類も多く、その中から争点に絡む打合わせ記録や添付図面を見つけ出し双方を納得させるのは労力がかかります。記録を残すことの重要性がわかります。

*説明責任の重要性

 住宅の場合、簡単な図面と見積書で契約するので、施主と請負者の建物の品質に対する期待値が異なっていることが多いようです。一たび瑕疵が発生するとそのギャップが露呈して不信感が増幅されます。請負側にも過大な夢を持たせた責任がありますが、施主側にも高い買い物をする心構えが必要だと思います。双方とも、裁判に費やすエネルギーをもっと事前に使うべきです。建築業界から言えば、司法支援の他に、建築ユーザーの教育支援も重要かもしれません。

 以上短い期間ですが、今まで作る側から見てきた業界の別の側面に接して、今後の活動の参考になっています。 

ナイナイづくしとアルアルだらけ----鶴田 裕

 ゼネコンから第2の人生に仕事変えをしたばかりの私に、かつての同僚だったY教授から「今度、裁判所に調停員制度が出来るが、あなたを防水の担当者として推薦したい」との電話を受けた。とっさに「今は防水材料メーカーに身を置いているので、当事者双方から不公平感を抱かれるでしょ」で一件落着。本心はもうこの年になって、係争ごとに関わり人生を暗くしたくないということだった。それから6年余り、第2の人生の退職挨拶を出したら、またまたY教授から電話が届く。今度はとっさに断り言葉が浮かばず、引き受ける羽目に。

 以来丸三年経過し、調停、鑑定合わせて17件を担当した。若葉マークで3~4件こなした頃、本会会員で調停員では先輩格の東京工大の田中享二教授から、裁判官や弁護士を対象とした勉強会の講師役を引き受けて欲しいとの事。最後のQ&Aで「このような雨漏り、水漏れを防ぐ為には誰にイニシァティブをとって貰ったら良いのか」と問われ、ゼネコン時代の経験から即座に“設計者”と答えてしまったせいか、被告が設計者という案件が多い。たかだか10数件なのでパターン分類は出来ないが、問題が大きいと判断したものを列挙したい。

【1】防水層が無い! 【その1】斜線制限を受けた斜め屋根(建築関係者の多くは斜め壁と言う)の殆どがタイル張りや塗装状の仕上げだけ。【その2】地下外周壁の外側に防水層が無い。ブロックの二重壁による水漏れの目隠しで、住宅では健康を害し、業務用では湿気で用をなさず。

【2】防水をしたつもり! シーリング材の能力を過大評価。ALC建築に目立つが、斜め屋根があろうものなら事態は最悪。

【3】沢山あるのは“みずみち”! コンクリートの亀裂、打ち継ぎ、セパレーターまわりなどなど。そして全く無くなってしまったのが良いコンクリートを打とうという心意気。

【4】足りないのが断熱層の厚さ! 現場発泡材に共通する問題。セパのボルトを残し、これを定規とし厚さが1/3しかなかったのには絶句。  水に関わるクレームは何でもありー。調停員になる前の面接で「防水でしたら引き受けられます」と答えたが、実態は防水層が無いところの雨漏れ・水洩ればかり。 最後に一言。マンションの案件では原告は女性の出席に限る。下手に亭主が出てこないほうが、打率は高い。

東京地方裁判所に勤める民事調停委員 (非常勤国家公務員)とは----間瀬淳平             

 東京地方裁判所長 金築誠志印のある身分証明書が2枚,私の手元にある.1枚は東京地裁専第6024号,もう1枚は東京地裁調第5088号で,それぞれ「東京地方裁判所所属の専門委員」と「調停委員」の証明書であり,裏面にはこの証明書は平成20年3月31日まで有効と記されている.つまり非常勤ではあるが,目下,私は国家公務員なのである.私の仕事の中身は私の専門分野である「地質・基礎・山留土工事」に伴う裁判沙汰の問題解決の手助けをすることである.

私の関係する事件の登場人物はいろいろの組合せがあるが,或る建築物件の「施主」,「設計者」,「建設会社」,及び「専門工事会社」の方々で「自分の家(建築主)」の工事中に生じた関係者の「内輪揉め」のケースと,もう一つは「近接建物」の持ち主とそれに関係する設計・施工の関係者との間で生じた「外との揉めごと」のケースがある.

 原告側,被告側にはそれぞれ弁護士がつき,原告の「訴状」と被告の「答弁書」のやり取りが数回あり,一通り双方の主張が出尽くしたところで必要があれば,実情を確かめる為に,現場へ出向き,「担当裁判官」と「専門委員」である私と「相方の弁護士」で現地調査をすることになる.

 その後に裁判官を中心として,調停委員会にて争点整理をし,問題解決の方向を打ち合わせ,調停案をまとめてゆくわけですが,なかなか一筋縄では行かないケースが多い.  トラブル(事件)の事例の主なものは以下のようなものである.

・「地盤調査が不十分」のまま設計,施工がなされた為,工事中に不等沈下が始まった例.(調査不足) ・地下の根切・山留工事中に隣の建物が傾いた例(近接工事)

・軟弱地盤の層厚の深い田圃を埋め立て3階建てのRC住宅を施工したところ,工事中に不等沈下が始まった例(圧密沈下)

・「地下障害物」があり,杭打設がうまくできていないまま,建物の工事を始めたら不等沈下が始まった例.(地中障害)等々.

 いずれにせよ,「十分な地盤調査」に基づいて,「十分な施工計画」を立て,「十分な施工管理」を行うという建築工事の基本を怠った為のトラブルが殆どである.

「たして2でわるのが調停で、0か100かが裁判」とか----矢作和久

 調停委員になって7年目になりました。100件近い件数の調停事件に参加して、調停に関して色々な経験をしましたが、今でも苦手なのは調停案の「お金」の算出です。

 裁判では原告が「訴状」を裁判所に提出して始まります。建築事件の訴状は最初に、請求の趣旨として「被告は、原告に対し、金○○万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年○分の割合による金員を支払え」と書かれます。被告は「答弁書」を提出して反論します。請求の趣旨に対する答弁として、「原告の請求を棄却する」と書かれるのが通常です。事件の過半数は調停に移行する(「付される」と言います)と聞いていますが、調停に付されなければ「0か100か」です。

 調停に付された事件に対して調停委員が先ずやる仕事は、双方の論争を効率的に誘導し、原告被告間の争点を明らかにする「争点整理」と言う作業です。これが調停委員の主業務です。時間も要します。

 争点が明らかになった段階で、調停委員会(裁判官あるいは調停官を調停主任として法律家専門委員と建築専門調停委員の3名以上で構成します)は、「調停案」を提示して、和解を促します。調停委員会が提示するこの調停案の原案作りが、建築専門調停委員のもう一つの重要業務です。

 瑕疵修補請求事件を例に説明します。調停原案は第三者としての衡平(この字が使われます)な観点で「適正」な和解金額を算定して提案することですが、この「適正」という条件がやっかいです。原告と被告の信頼関係は損なわれていますので、工事を行うのは別業者になる場合がほとんどです。「業者に発注できる最も安い金額」が適正なるものと言われますが、この「発注できる」という言葉も曲者です。人のやった仕事の尻拭いで、その後の品質保証も背負い込む訳ですから、通常より高くなるのは当然です。やりたくない仕事は高くなります。既に行われている仕事の中身が解りません。自分のやった仕事ではありませんから想像するよりなく、リスキーです。リスキーな仕事は金額に余裕を持たせるのが通常です。「自分のところでやったら半分でできる」と言う声を聞くような請求金額が原告から提示されます。施工した業者は、不完全な仕事をした自分の下請には無償に近い金額でやり直しを求めることができます。被告はこの条件を前提に考えますから尚更です。「衡平」であるべき調停委員はどう考えたら良いのでしょうか。

 そこで表題です。両方に金額を出させて2でわるのです。根拠が薄弱だとして受けの悪い方法ですが、根拠はあります。損は原告被告双方が等分に分担するのが、調停の根本精神、「互譲」に合致していると思うからです。原告は足し前をして発注し、被告は自分がやったらできると思う金額以上に損害賠償するのです。「発注できる」と言う条件は無視します。どうでしょう。変ですか。こうできたらすっきりして楽なのですが。