「WTCビルの構造性能と崩壊過程の報告」 ・・・・鹿島建設(株)小堀研究室  小鹿紀英
2001年9月11日に起こったニューヨークWTCビルの崩壊は記憶から去る事はない事件ですが、日本建築学会では和田教授を委員長とする特別調査委員会を発足させ、調査・研究を実施しています. その一部として、「なぜ、航空機衝突時にすぐにタワーは崩壊しなかったか」の解明を目的として鹿島建設により航空機衝突時のシミュレーション解析が実施されました。その結果の梗概は小鹿紀英氏により、3月18日東京大学講義室にて紹介されましたが、この貴重な報告を広く、皆様にお伝えすべく、ご寄稿をお願いしました。

はじめに
 2001年9月11日に発生した米国同時多発テロによるニューヨークワールドトレードセンターの崩壊は、全世界に衝撃を与えた。特に、我々超高層ビルの設計、建設に従事する者にとってさえ、航空機衝突後、一定時間経過後の建物の全体崩壊はほとんど予想だにしなかった現象であり、その崩壊に至る過程を明らかにすることは、今後の超高層ビルの設計を考える上でも重要なことである。また一方において、航空機衝突時には建物は崩壊せず、ある程度の避難時間を確保できたこともまた事実であり、この点に注目して航空機衝突時になぜ崩壊しなかったのかを解明することは、冗長性を考慮した設計を考える上で重要なことであると考えられる。
 ここでは、去る3月18日にサーツ主催で開催された標記タイトルの報告会での報告内容の概要を紹介する。

建物概要
 WTC1, 2の建物概要は以下に示すとおりである。
 建築主   New York and New Jersey州港湾局
 設計者   Minoru Yamasaki & Associates,
       Emery Roth & Sons
 構造設計  Skilling, Helle, Christiansen, Robertson
 階数    WTC1 地上110階、地下7階
       WTC2 地上110階、地下7階
 高さ    WTC1 417m+電波塔110m
       WTC2 415m
 各階床面積 3978m2(約1 エーカー)
 コア部形状 約26.5m×41.8m
 基準階階高 3.66m    構造種別 鉄骨造
 基礎構造  直接基礎
 竣工    1970年(WTC1:North Tower)
       1972年(WTC2:South Tower)
構造計画
 WTC1,2は鉄骨造地上110階建ての事務所ビルである。建物形状は図1に示すとおり隅切のある63m角の正方形平面で、コア部分は長方形の形状をしている。コア部分はWTC1では長手方向が東西方向を向いているのに対し、WTC2では長手方向が南北方向を向いている。主たる水平方向の設計荷重は風荷重で、外周部に約1m間隔に配置された図2に示すボックス柱約240本と鋼板スパンドレル梁でチューブ架構を形成して、水平力に抵抗している。柱は3層毎にエンドプレート部でメタルタッチ接合(図3)し、梁は3スパン毎に高力ボルトで剛接している。一方、コア部分は下層階では扁平なボックス型、上層階ではH型の断面形状の柱47本で鉛直荷重のみを支持している。また、床スラブは鋼製デッキプレートに軽量コンクリートを打設し、外周柱及びコア部分とピン接合された鉄骨トラス梁で支持している。
 設計用風圧力は220kg/m2で、CB=0.015に相当する。また、実測されたWTC1の振動特性は、
常時微動時  1次固有周期 NS 11.1秒、EW 10.3秒
       減衰定数   NS 1.4%、 EW 2.0%
ハリケーン時 1次周期約12秒、減衰定数2.5〜3.0%

航空機衝突
 WTC1は、AA11便が午前8時46分に、北面の94階〜98階に衝突し、103分後(10時29分)に崩壊した。また、WTC2は、UA175便が午前9時03分に、南面の78階〜84階に衝突し、56分後(9時59分)に崩壊した。
 衝突航空機はいずれもB767型機で、燃料約30tを搭載して総重量142.5t、衝突速度はAA11便が約210m/s、UA175便が約260m/sであった。図4に衝突方向と平面図の関係を示す。
 次に、テレビ放映されたWTC2衝突時の映像を用いて、WTC2の航空機衝突後の減速曲線および機体の一部が建物を貫通したあとの速度を図5に示すように評価した。図によると、航空機はWTC2の南面に260m/s程度の速度で衝突した後、ほとんど減速しないで建物内に突入するが、尾翼付近が外壁位置に達した時点で急激に減速する。これは、主翼付け根の比較的硬い部分がコア柱位置に達した時点に対応するのではないかと推定される。その後、衝突後0.43秒に機体の一部分が北面の外壁を貫通し、約100m/sの速度で外壁面から飛び出している。
 また、UA機の右側のエンジンは、南棟北面から直線距離で約440mの位置で発見されており、それから逆算すると、飛び出し時の速度は55m/sと評価される。

航空機衝突時のシミュレーション解析
 衝突階付近の構造部材の損傷度を評価するために、衝撃解析コードLS-DYNAを用いてシミュレーション解析を行った。建物の解析対象領域は衝突階近傍とし、WTC1では92〜100階を、またWTC2では77〜85階をモデル化している。解析モデル上下端の境界条件は水平方向にローラー支持とする。一方、外周スパンドレル梁は実際の厚みをもつシェル要素でモデル化し、床スラブは、それを構成するコンクリート、デッキプレート、床トラス梁の上弦材を構成するアングル材の軸方向剛性を勘案して、約30cmの厚みを持つコンクリートのシェル要素でモデル化する。
 一方航空機は、両棟共通でBoeing 767-200ER(全長48.5m、全幅47.6m)を対象とし、衝突時質量は無燃料時の質量112.5tに燃料30t1)を加えた総質量142.5tとしている。機体は構造体である構成部材(エンジン、胴体部リブ、主翼部リブ、隔壁、客室デッキ、前脚、主脚、および外殻)をすべてシェル要素でモデル化し、得られた情報の範囲内で可能な限り実物の軸方向の質量分布、強度分布が忠実に表現できるようにモデルを作成した。作成した建物モデルと航空機モデル(WTC2)を図6に示す。
 航空機の建物への衝突位置・衝突角度は文献1)の外壁の損傷状況により推定される機首及びエンジンの衝突位置に対応するように衝突させた。衝突速度は文献1)によりWTC1で209m/s、WTC2で262m/sとした。なお、建物に与える減衰は、局部的な破壊に対しては減衰の影響が小さいことを念頭に、建物1次周期に対して2%の内部粘性減衰とした。
 解析結果のうち、まず衝突した外壁面の損傷を図7図8に実際の損傷1)と比較して示す。両棟とも衝突面の破壊状況はほぼ実現象と対応しているが、上下端の境界に近い部分の被害程度は解析がやや大きめである。これは解析モデルの上下端の境界条件を水平ローラーとしていることにより、応力波が境界面で全反射しているためと考えられる。
 次に、解析結果から、破断した柱と相当塑性ひずみが5%を超えた柱を鉛直力が支持出来ない破壊柱と判定して、その平面的な位置を示したのが図9、図10である。破壊柱は、WTC1では外周のA面とC面および内部コアの中央列近くに位置し、WTC2では外周のB面とC、D面の隅に近い部分および内部コアのC面側に偏在する。これらをさらに詳細に見ると、WTC1では93〜99階の外周柱90本、コア柱26本が破断し、コア柱6本の相当塑性ひずみが5%を超えている。WTC2では、78〜84階の外周柱104本、コア柱1本が破断し、コア柱8本の相当塑性ひずみが5%を超えている。図5にWTC1、2それぞれに対する航空機の減速曲線を示す。WTC2の図にはビデオ映像から読み取った衝突時の航空機の減速曲線を併記している。WTC1では、航空機の胴体部と左エンジンは1秒後に、右エンジンは0.3秒後に静止し、建物を貫通しなかった。WTC2では、航空機の胴体部は衝突して0.4秒後に機首部分の速度が94m/secで北側外壁面より飛び出している。右エンジンは0.43秒後に北側外壁面のスパンドレル梁に衝突し急激に減速した後、64m/secの残留速度で貫通している。左エンジンは衝突後0.2秒後に静止し、貫通しなかった。航空機の後端及び貫通後の先端部の減速曲線及び、右エンジンの飛び出し速度はビデオからの読み取りと良い一致を示しており、本解析は実現象をほぼ追跡できていると判断される。

衝突後の応力状態
 衝突前後の外周柱の軸方向力分布を鉛直荷重解析により評価した。衝突前はほぼ均一な軸力分布を示すのに対し、衝突後は、WTC1および2とも上層からの軸力は破壊部分を迂回して流れ、破壊部分に隣接する柱の軸応力度は応力集中により一部降伏強度を超え塑性化するもののその近傍の柱と協同して軸力を分担することにより、その軸ひずみは最大3%以下にある。一方コア柱については、破壊したコア柱の軸力は、その直上のコア柱に引張力を発生させ、上層のアウトリガートラス階に伝達し、ここから他のコア柱や外周柱に流れる。その結果、106〜110階のコア柱は、WTC1、2とも17本引張降伏している。この場合の最大引張ひずみ度は、WTC1で0.8%であるがWTC2では8.8%に達する。
 以上、WTC1、2とも、外周架構では破壊部近傍の残った柱が協同して軸力を負担することにより、塑性化を一部の柱に留めている。また、コア部は、WTC1ではコア部中央軸に沿った破壊柱の負担軸力を、またWTC2では破壊したC面側のコア柱の負担軸力分を、主にアウトリガートラスの効果により残ったコア柱と外周架構に応力再配分されることにより、架構全体としての鉛直荷重支持能力を保持していたと判断される。

全体崩壊までの時間差に関する推察
 航空機衝突から全体崩壊までの時間は、WTC1では1時間43分、WTC2では56分であるが、この相違は以下のように推察される。
 WTC1では、95階のA面中央にコアの短軸方向に衝突しているため、外周部およびコア部の柱の破壊がほぼ対称形に発生し、応力の再配分結果による塑性化状況もほぼ対称形分布を呈した。これに対してWTC2では、80階のB面のC面側寄りにコアの長軸方向に衝突したため、衝突による破壊と塑性化がややC面寄りに偏った分布を呈した。
 一方、解析結果の主翼部分(燃料タンク)の飛散状況から、WTC1ではA面側の短スパンスラブおよびコア部分を中心に燃料が飛散したと推定されるのに対し、WTC2ではC面側の長スパン部の床スラブを中心に燃料が飛散したと推定される。従って、WTC1では熱容量の比較的大きいコア柱・梁部分を中心に対称に残った柱の強度が一様に低下していき、鉛直荷重支持能力を喪失するまでにある程度の時間を要したと推定される。これに対し、WTC2では熱容量の小さいC面側スラブを支持する鉄骨トラス梁のピン接合部が破断するとともに、軸力が集中したC面側の外周柱およびコア柱の一部が熱により強度低下を起こし、比較的早い段階で鉛直荷重支持能力を失いC面側の衝突階より上の鉛直荷重を支持できなくなって、上階が大きく傾き、全体のバランスが崩れ全体崩壊に至ったと推定される。これはビデオ映像で観察されるWTC1はコア部が先に沈み込み、WTC2は外周部が先に崩壊を始めたという現象と符合している。このように衝突後の構造部材の応力状態と火災の領域が相まって、WTC2の全体崩壊までの時間がWTC1に比べて短かったものと推察される。