変易生死(へんやくしょうじ)・・・・光成高志


 生きているありのままの自分を生きたい。あらゆるものは一瞬一瞬あると同時に、一瞬一瞬そうでなくなる。一瞬一瞬の存在そのものが、生死の繰り返しである。だから、現在の一瞬一瞬を、自己の命を完全燃焼して実際を生きる、生きたいと思う。一所懸命に誠心から何事もやらねばそれは出来ないだろう。畑を耕すことは心を耕す如くあった十代がよみがえる。体はしんどいけれども。
       冬耕の息を一息また一息
 私は現在(H.21年)67歳。ずっと土に係わって生きてきた。思い起こして見ると、最初の20年は田畑の土と、それ以後は工学としての地盤を専門にしてそれを飯の種にしてきた。自分の専門を下手な英語で説明していたら、外人にソイルエンジニア?と言われたので、そういう言葉があるのかと納得がいった。家庭菜園を三十代からずっと作っているので、田畑の土には五十年以上親しんできたことになる。生ごみを出さないと決め、それを堆肥として使う畑が必要なので、引っ越す度に近くの地主から空地や使っていない畑を借りて生ごみを土中堆肥にして菜園を営んできた。昨年から、借りた土地が4箇所、延べ百坪余りになったので、有機農法に目覚めた。なんたって、元々、糞尿を使った有機農業の農家の五男坊だもの、昔取った杵柄だ。落葉を集め、米の研汁や糠を撒き、積重ねて足で踏んづけて、発酵を待てば、中は50℃以上の温床ができる。そこに寒明け頃、播種箱を置けば芽吹く。 
        寒明や温床に置く播種箱
 畑仕事は間段がない。また、これでいいと言うことがない。やれば切がない。しかし、出来損ないでも、それなりにできる。できだすと狂ったようにできる。任している妻が嘆くほど、収穫が間に合わなくなる。近所に配っても、遠くの親戚や子供の家庭に送っても余る。収穫は翌年の種取りの始まりでもある。年々歳々季節を追って、これからもできるか、専門の仕事もできるか、俳句が続けられるか、ふっと不安がよぎることがあるが、表題の変易生死を意識すると、これが生きているありのままの自分であるとありがたい気分になる。

建設と農業の関係・・・・伊藤誠三


 もう半世紀前になる復興開発時代には猛烈な量と速さで建設が進んでいて,その人出不足を補う為,農業から季節労働者が大量に建設業の手助けをしていたと記憶している.
 当時,大学の一般教養程度の経済学であったが,その経済学と現実社会との乖離に戸惑っていた.資本と労働,需要と供給,雇用と賃金などと主にケインズ経済学が中心だったと思うが,世は労働争議で賃金が決定され,政治力の攻防で建設需要が決定されているように見えた.ある経済の先生に質問する機会があって,この理論と現実の現象の差の解釈について素朴な疑問をぶつけたのだが,建設業と農業は経済学の枠外である」といなされてしまった事を覚えている.当時,農業は「三ちゃん農業」と言う家内労働であり,大黒柱の出稼ぎで家計を維持している状態であったし,オリンピックを控えた東京ではその農業からの出稼ぎのトウチャン達を巻き込んで活況を呈していた.この移動労働力は季節的であり,恣意的で量的な把握ができないなどと言う理由であったと思う.
 いまや,其の状況が逆転した.農業は輸入農産物の拡大や承継者不足が原因で沈滞し,農業人口の減少が危惧されている一方,建設量の減少で建設業の倒産が相次いでいる.そこで今度は建設業から農業への出稼ぎ,或いは転業が提案されたりするのだが,そんな好都合に行くものなのか.嘗て,農業労働力が建設業を助けたとき,それは主に,土工事などの単純労働の量としてであった.農業はどうか.一見単純そうに見える小規模土工事のような「畝造り」のようなものでも,目的とする作物の種,又は苗を植え,適切に収穫が得られるようにするには植物学の基礎知識も必要,仕上がりの形だけ真似しても駄目のようだし,建設現場の不整地をがりがり均すのと違って,泥田の中を正確に運転しなければならない田植え機の操作には別の熟練が必要だろう.しかも,作業自体はほんのわずかな期間,高価な機械類も稼働時間は年間で1週間もない.あとはその後に続く長い維持管理の作業であって,気候などの自然条件への対応の他,水やり,肥料のほか病虫害,小動物の防御など,必要なソフトは限りない.その他の諸事情も勘案すると,参入には今までとは別の仕組みが必要なのではないだろうか.