「日本建築学会賞受賞によせて-2-」
日本建築学会賞(技術)(建築物の損傷制御構造の研究・開発・実現)受賞賞 
    ・・・・ 神奈川大学 岩田 衛

 このたび、標記題目に対する川合廣樹(ABSコンサルティング・シニアマネジャー)、岩田 衛(神奈川大学工学部建築学科教授)、和田 章(東京工業大学建築物理研究センター教授)の3人の業績が認められ、2003年日本建築学会賞(技術)を受賞しました。以下に、その業績概要を述べさせていただきます。

1.損傷制御構造の着想
 従来から、損傷を少なく抑える目的で骨組全体のエネルギー吸収能力を増すための設計法が幾つか提案されていた。通常の柱・梁からなる骨組においては、骨組の梁端部を降伏させる方法と、骨組の間に設置した靱性に富んだ制振部材による方法である。梁降伏によるエネルギー吸収は骨組構造において有効な手段である。しかし、梁は第一義的には鉛直荷重を支持するためのものであり、例えば鉄骨構造においては、強度面での断面効率を上げると変形能力の確保が困難となる。さらに梁と床との合成効果、建築物の主軸に45度方向の地震入力までを考えると、梁降伏型の設計は現実的には難しい。実際に、ノースリッジ地震や兵庫県南部地震で、柱・梁接合部の梁端フランジに多くの破壊が集中した。
 構造物の損傷制御設計という観点からは、大地震時でも柱・梁を弾性範囲に抑え、制振部材によりエネルギー吸収をはかることにより、損傷を最小限に留める方法の方が望ましい。受賞者が着想した「損傷制御構造」は、制振部材を利用した制振構法の一つの形式である。その特徴は、“構造物は柱・梁からなる主体構造と制振部材の2つの独立な構造システムから構成される。”“主体構造は常時荷重を支持し、地震時にも弾性挙動する。”“制振部材は地震時にエネルギー吸収する役割をもつ。”とした点である(図1)。
図1 損傷制御構造の構造システム
 これは、“一つの設計要求は一つの設計パラメータと一致させるのが合理的である。”というコンセプトに支えられている(図2)。
図2 設計要求と設計パラメータ
 現在の日本の耐震規定では、2つのレベルの地震動を想定し、それぞれに対して許容する状態を想定している。建築物の寿命の期間で発生する可能性の高いレベルの中規模地震に対しては、使用限界を定め、鉄筋コンクリート構造の場合、ひび割れ程度は認め、鋼構造の場合、弾性域を越えないようにしている。起こりえる最大級のレベルの大地震に対しては、終局限界として、人命を守ることを前提に建築物の損傷を認めている。損傷制御設計では、使用限界と終局限界の間に、新たに損傷限界を考える。損傷限界とは、建築物の社会的・経済的な価値を積極的に考慮した限界である。
 従来の設計法により設計された構造物は、使用限界までは弾性範囲であり、使用限界を越えると、構造物の主として梁に塑性化を許容する。これに対して、損傷制御構造では、主体構造は、使用限界、損傷限界共に弾性範囲であり、制振部材は、使用限界、損傷限界ともにエネルギー吸収(塑性化)を認める(図3)

 
図3 水平力・変形関係
 使用限界を越える地震を受けた損傷制御構造は、地震の後、主体構造は補修することなく、制振部材のみを点検し、損傷レベルに応じて補修あるいは取り替えることによって、建築物は継続的に使用できる。
 損傷制御構造の考え方に基づき、そのプロトタイプとして、1991年に目黒アイケイビルの設計を開始し、1993年に竣工にこぎつけた。このビルは弾性変形域の大きなフラットスラブ構造と座屈拘束ブレースによる構造である。

2.損傷制御構造の研究開発
 1992年から、着想の検証のため、本格的な研究開発をスタートした。主体構造の部材は降伏比を考慮したいわゆる高性能鋼ではなく、降伏点の高い通常の鋼材の方が主体構造の部材として適性ではないかと考えた。一方、制振部材は安定した復元力特性を有する座屈拘束ブレースが最適であるとした。このころの研究開発成果を“被害レベル制御設計法の研究(その1〜10)として、1993年に日本建築学会の大会で発表した。
 一連の研究開発の後、3つのビル構造に損傷制御構造の技術を適用し、この技術の実際性を確認し、その技術成果をまとめ発表した。
(1) 大分オアシスひろば21:1996年竣工
設計:日建設計
発表:極低降伏点鋼制震パネルを用いた被害レベル制御構造の鉄骨造高層建物への適用、日本建築学会技術報告集、第5号、1997年12月
(2) サンキョウ渋谷ビル:1997年竣工
設計:プランテック総合計画、アルファ構造デザイン
発表:被害レベル制御構造の斜め格子チューブ架構を有する高層ビルへの適用、日本建築学会技術報告集、第6号、1998年10月
(3) 郡山西口再開発事業施設:2001年竣工
設計:アール・アイ・エー
発表:日本建築センター高層評定委員会資料BCJ-H1378、1999年1月

3.要素技術の研究
3.1 主体構造の研究
 損傷制御構造の主体構造では、弾性範囲のみを大きくすれば、地震エネルギーの吸収をする必要はないので、梁端への要求性能は小さい。しかしながら、長年の間、梁端で地震エネルギーを吸収する従来構法の柱梁接合部の研究が行われてきていたが、損傷制御構造のような地震エネルギー吸収が要求されないという条件での研究は殆どなかった。この分野に関して研究を行い、その成果をまとめた。
(1) 被害レベル制御構造における梁端フランジ溶接部の力学特性、日本建築学会構造系論文集、1997年11月
(2) ダンパー付き鋼構造骨組における梁端フランジ溶接部の力学特性、日本建築学会構造系論文集、2000年3月
3.2 制振部材の研究
 損傷制御構造において、制振部材は、地震のエネルギー吸収を行い、応答を小さくするために必要不可欠である。鋼材を用いた履歴型ダンパーの性能は、最大変形能力、累積塑性変形能力、あるいは疲労特性で示すことができる。従来、履歴型ダンパーの損傷評価には、主として地震による大塑性域での損傷のみを対象として、最大変形能力と累積塑性変形能力による方法が多く採用されてきた。しかし、履歴型ダンパーでは発生確率の高い中規模地震による応答でも従来の建築構造物と比較して高い歪レベルが発生すること、また高層化等にともない、今後、風応答等の弾性または軽微な塑性域での高サイクル疲労によって履歴型ダンパーが被る損傷も無視しえない事項となることが想定されるため、弾塑性域の疲労特性による総合的な評価法も考慮する必要があった。この分野に関して研究を行い、その成果をまとめた。
(1) 軸降伏型履歴ダンパーの疲労特性に関する研究、日本建築学会構造系論文集、1998年1月
(2) 損傷制御構造における座屈拘束ブレースの性能評価、日本建築学会構造系論文集、2002年2月

4.晴海トリトンスクエアへの適用
 1997年に設計をし、2001年に竣工した“晴海トリトンスクエア”はX棟(44階、195m、140,000平米)、Y棟(39階、175m、110,000平米)、Z棟(33階、155m、95,000平米)の3棟が連結されている。それぞれの建築物には、窓周辺に座屈拘束ブレースが設置されている。大地震に遭遇すると、座屈拘束ブレースは交換あるいは変形解除が必要となる。その時期を確認するため、座屈拘束ブレースには最大歪記憶型センサーを設置している。
 晴海トリトンスクエアは竣工後、確率分析に基づく地震危険分析を行った。地震最大損害推定額は全資産(約1200億円)の約15%(約180億円)となり、年間損失期待額(純保険料)は一般の超高層建築物の50%に軽減された。

5.おわりに
 受賞業績は、研究・開発・実現の3つの軸で関係された多くの方々からの多方面の御支援がなければ、とうてい到達できなかったものです。研究者と開発者と設計者が3つの軸で恊働を開始してから10年以上経ちます。幸いにも、多くの方の御尽力で、損傷制御構造の実現という場を与えて頂きました。我々の足跡が、これからの地震災害に取り組む新たな挑戦への端緒になればと願うものです。