■「木造建築の木取りと墨付け」
■著/田處博昭 ■監修/藤澤好一
■出版社/井上書院
■B5版・149頁=3,000円+税

 「技は盗むもの」、「体に染み付くもの」などという台詞に代表されるように、職人は技能を教えない、教えたがらないといわれる。
 「暗黙知」という言葉で有名なマイケル・ポラニー(ハンガリーの科学者・哲学者)は、「技能」を次のように定義している。「技能とは、詳細に明示することができない個々の筋肉の諸活動を、我々が定義することもできない関係にしたがって結合するもの」。そうなのである。教えたくても教えられない、ましてや言葉や活字にすることは大変に難しいことなのである。
 本書は、大工技能入門書ともいえるものである。いや、日常は、プレカットばかりを扱うようになっている「プロ」が、軸組架構の基本、道具のこと、木づくり、刻みのことなどを知るためにも十分に寄与するものだ。しかし、著者は職人ではない。徳島県の土木事務所に勤める技術者である。伝統工法の調査プロジェクトに関わったのを端緒に、それ以来続けてきた熟練大工に対する丹念な聞き取り、そして時には所作を演じてもらいながら記録した内容を纏め上げたものだという。もととなっているのは四国の熟練大工の技と知である。
 本書の最大の特徴は、図解という手法でそうした「暗黙知」を表現しようとしていることである。料理人が、修行中につくるレシピのノートとでもいえばわかり易いだろうか。仕事の流れが分解され、「勘所」を併記するという手法であるが、そのものズバリの写真や動画よりもピンとくる。
 内容は大きくは二部構成となっており、第一部の「木取りと墨付け」では、木材の性質から始まり、木取りの方法、墨付けの基本、そして建方について記述されている。第二部は加工(切組)についてであり、道具の種類および扱いに続き、木づくり、継手の加工方法、木割といった事項が扱われている。
 本書は、最近第2版となった。日本各地の大工にチェックしてもらい、地域や流儀による作法の違いをふまえ、注釈などに書き加える作業を続けているのだという。技能に「普遍」や「最適解」はない。そのことを前提としているところも本書の魅力である。(蟹澤宏剛)